西洋史上、ハプスブルグ家から、イスパニア国王が誕生した時期があります。

すなわち、神聖ローマ帝国皇帝カール5世(1519-1556。1558死去)です。

イスパニア国王としては、カルロス1世です。

皇帝カール5世の后は、ポルトガル王女イサベラです。

二人の皇子が、イスパニア国王フェリペ2世(1556年から1598年)です。

フェリペ2世は、レパントの海戦で、オスマン帝国を破ります。

オスマン帝国スルタンは、セリム2世(1566年から1574年。スレイマン1世の皇子)です。

ちなみに、『ドン・キホーテ』の作者セルバンテス(1547-1616)は、この海戦に従軍するとされます。

当時のイングランド国王は、エリザベス1世(1558年から1603年)です。

すなわち、チューダー家のヘンリー8世(1509年から1547年)の王女です。

エリザベス1世の母は、アン・ブーリンです。

異母姉のメリー女王(1553年から1558年。” Bloody  Mary “)が処刑された事は知られています。

メリー女王の母が、イスパニア王女カザリン(父は、アラゴン国王フェルナンド2世)です。

つまり、メリー女王の夫が、イスパニア国王フェリペ2世です。

フェリペ2世は、ハプスブルグ家のオーストリア大公フィリップ美男の直系の孫です。

フィリップ美男の妃が、フアナ王女(フェリペ2世の祖母)です。

すなわち、フアナ王女は、イスパニア王女カザリンの姉です。

そして、フェリペ2世の母が、ポルトガル王女イサベラなのです。

イサベラ王女は、カスティラ王女マリアでした。

つまり、マリア王女(ポルトガル国王マヌエル1世)は、フアナ王女(オーストリア大公フィリップ美男の妃)、カザリン王女(イングランド国王ヘンリー8世の妻)の同父同母の姉です。

イスパニア王家(ハプスブルグ家)は、フェリペ2世の後も、3代続きます。

しかしながら、カルロス2世(1665年から1700年)で絶えます。

だから、イスパニア王家(ハプスブルグ家)を考察する事は、西洋史の有益な視点を提供する事になるでしょう。